さみしい深淵を覗く/7/30者覇公演のやすいくんのはなし

書こうかな、どうしようかなと悶々としていたのだけれど、やっぱりまだ飲みこめずに胃に残ってる感じが気持ち悪くて。

この夏のわたしは「観察者」だったように思います。
メモと双眼鏡を構えて、思ったことがあったらペンを走らせてました。
結果、なにかわかったかといえば、なにもわからなくて。
それどころか、やすいくんという万華鏡に新しいパターンを見つけてしまって。筒を覗いていた顔をそらして、辺りを注意深く見てから、もう一度のぞく。
そうして覗き込んだらさっき見ていたパターンは消えていて。なんだったんだろう、幻だったのかなあと筒を回していたら、またわたしの前に現れる。
ひらりひらりと飄々とした羽のようなひと。

アイドルの応援は定点観察なんだと思っています。
じーっと見て、些細な変化を見つけてはメモを取る。外見のことでも内面のことでも。少しの動きも見逃したくなくて、目を凝らした夏。

7/30 ガムシャラサマーステーションの者vs覇公演。
わたしは大好きな萩安と、大好きなじぐやすが見れると期待に胸を躍らせてEXにいきました。
じんちゃんとやすいくんのやり取りがすごく好きです。
じぐやすの関係性は、兄弟。兄弟がいないふたりの、兄弟ごっこ。
それが可愛くていじらしくて、やすいくんに甘えるじんちゃんはいつもより幼く、じんちゃんを甘やかすやすいくんは目尻がでれれと下がっていて。
お互いがお互いを好いているというのがこんなにも伝わってくる関係性というのはなかなかないなあと思って。そんなかわいさから溢れる多幸感。

じんちゃんは者を率いるリーダーのようなポジションでした。
パフォーマンスを終えた先攻の者は、先にステージに現れて後攻の覇を待ちます。
じんちゃんはすいすいとステージの真ん中に陣取って、覇が出てくる舞台そでをにこにこして見ていて。
それがなんだか、良いことをしたから褒めてほしいと言わんばかりに可愛く。
いつも通り少し遅れて覇が出てくると、やすいくんは定位置のように一番はじっこで立ち止まりました。
「あれ、やすいくん真ん中こないすか?」
じんちゃんがそう聞いて、やすいくんはさらっと、とてもさらっと、
「真ん中にいたらみんな背中に話しかけることになるからやりづらいでしょ」と答えました。
ああ、じんちゃんは真ん中で、やすいくんと二人で並んでMCがしたかったんだなあ、と思いました。
だからそのやすいくんの返しに、ちょっとしょんぼりしてしまうのではないかと思ったんです。
(というより真ん中こないすか?がどうしようもなく甘えたでとてつもなく可愛かったんだけれどそれはまあそれ)
けどじんちゃんは「そっかあ!」と、とてつもなく素直に、じゃあ俺もそうしよう、と言わんばかりに自分もチームのはじっこに立ってみて。
たったそれだけ。たったそれだけの間。
そのほんの少しの間に、やすいくんは「どうしてそんなことをいったんだろう?」「ジンはおれと並んでMCがしたかったのか」という結論まで至ったようでした。
咄嗟に正論で返して、じんちゃんの背中を見たやすいくん。
じんちゃんがはしっこに立ってやすいくんと向き直ると、やすいくんはひょこんと覗き込むみたいにしてにっこり笑いました。
「ジン~~~♡」
ああ、うれしいんだ、じんちゃんがやすいくんとMCをしたいと思ってくれていたことがやすいくんにはちゃんと伝わったんだな。
そこで、ちゃんと正しい道へ導いてあげるやすいくんが好きだと思います。
けれど、じんちゃんの気持ちを汲んであげられるその思慮深さが、もっともっと好きだと思った。
だからこそ、そのあとのやり取りが、ずーっと頭から離れないのだと思います。


その日の勝敗は、昼夜共に者の勝利でした。
特に夜はデシベルで負けてしまったもののジュニア票で盛り返し同点。
しかしこの場合はデシベルの点が高い方が勝ちということで、覇は2連敗してしまいました。
者はその前に2連敗しており、嬉しさもひとしおだったのでしょう。
覇は夜公演に旗を使った新技を取り入れたのにも関わらず負けてしまい、結果発表後少し沈んでしまいました。
2連敗は覇にとってもはじめてのことでした。
そんな覇に、じんちゃんは一生懸命声をかけてくれました。
「いやでも、覇もすごかったすよね!俺たち二連敗したからくやしいのわかります、けど、いっしょにやれてよかった」
じんちゃんが言葉を探していることに気付いてしまった。じんちゃんは優しいから、2連敗のくやしさを知っているから、だから覇に声をかけてくれました。
けれど。
やすいくんは、「いやこれだめだね。難しいんだよ、中立がいないと。とこうやって俺たちが凹んでるとジンが気を使って可哀想だから笑おう!せーの、にこー!」と。
そう返して、覇のみんなの肩を抱いてにっこり、笑ってみせました。

それからずっと、やすいくんのその言葉の意味を、意図を、考え続けています。
じんちゃんのやさしさを、振り払ったその意図。
その夜、酔っ払って連投したツイートをここに載せます。
もっときれいな言葉で紡ぎ直したかったけれど、でもあの夜の出口のない闇のような気持ちは、ツイートの中に全部押し込められている気がしたから。






完全に酔っ払いの戯言だけれど、でもどうしようもなくそう思ってしまいました。

どういう意図があってああしたんだろう。
せっかく勝ったのにじんちゃんが喜べなくて可哀想だから?
意地悪な見方をすると、そんなやさしさすらわかっているというアピール?
やすいくんを、覇のみんなを庇おうとしたじんちゃんの、行き場のないやさしさをおもって、わたしは悲しくなってしまいました。

やすいくんのもっているこころは、思っていたよりずっとずっとさみしいものなのかもしれません。
やすいくんが与えられたやさしさを受け入れないのが、それを許してくれなかった環境のせいなのだとしたら、わたしはその環境を恨まずにいられません。
やすいくんがくやしさを表に出すのを美徳と思っていないのであれば、くやしい気持ちはどこかでひび割れてしまったのかもしれません。
やすいくんのたくさんもっている愛のひとつ。かわいくてだいすきな弟分が、自分のためになにかを我慢するのが嫌だったのかもしれない。
じゃあ、そのだいすきな弟分のやさしさはどこにいってしまうの?

あれだけ聡いひとが、エンターテイメントとしての勝負をやるうえで、勝負の悔しさや嬉しさを表に出さない愚かさをわからないはずがない。
覗いた空虚が、思っていたより暗く深く、呆然としたのは事実です。
ああこのひとは、グループであっても、それでもひとりぼっちなんだ。
ひとりで立っている、その途方もないさみしさ。
やすいくんのさみしさは、もしかして彼自身が引き寄せたものなんじゃないか、そんなことまで考えました。

もっとたくさん、きっとたくさんまだ考えられる要素はあります。
覇として、悔しい顔よりも笑顔でいようと考えていたとか、落ち込む下の子たちを発奮させたかったフォローだったのかもしれないとか、
やりづらいから中立をつけてくれっていうスタッフさんへのアピールだったのかもとか。
そうだとしたら、わたしの見方はすごく意地悪です。
その真意は、考えてもわからない。
ただそのさみしさを、もっと考えていたいと思いました。

この夏は、やすいくんの感情にいろいろ触れられたのかもしれません。
「風 is a doll?」のオーラス公演の涙涙のTDCでも、
サマステの最終日、敗退が決まった勝負のあとでも。
やすいくんは泣きませんでした。

きっとそれはさみしいこころのせいではないと思います。
やすいくんが泣くときは、きっとそのときのために取っているのでしょう。
感情が薄い人なわけではない。
やすいくんの一挙一動、言葉よりも強い感情を纏っているときもある。


ただ、この感情が見たいとか、悔しがって欲しいとか甘えてほしいとか、そういうの全ておたくのエゴで。
本当はわかっているのかもしれません。
かわいそうがって、さみしいひとだとため息をついて。
そう見ていると自分がたのしいだけで、やすいくんに憐憫をかけて見て、わかった気になりたいだけ。

何千とあるパズルのピースを、ああでもないこうでもないと当てはめているような気分。
「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。
 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」

やすいくんのことを考えていると、そんな言葉を思い出します。
やすいくんの心や、行動や言動。決して答えのないそれについて考える。
ものによっては、悲しいきもちになることもあります。そんな深淵をのぞくという作業。
闇を見るとき、闇もまたわたしの足元にまとわりついている。
わかった気になって、さみしいひとだとかわいそうがる。
そこに気付いていることすら、「深淵をのぞく」ことなのかもしれません。


きみの一挙一動すべてに意味があるのだとしたら、それに付随する感情も全て見ていたいし知っていたい。
そんなおたくのエゴすら、万華鏡に映してひらりとかわす。そんな彼を追いかけた夏でした。